公務員:51歳 男性 7期生

ある職場にいた音楽教師に「お前の声は聞きづらい。ボイストレーニングすれば変わる。訓練してやろうか。」と言われたことがありました。しかし、言い訳をしたり、言い逃れをして実行しませんでした。

 それから25年以上がたちました。私がこのT&Fアカデミーに入ろうとした動機は、取材された自分が話しているのを録画や録音で見聞きすることがあり、とても失望したことがきっかけでした。話の内容は決して悪くはないと思っていましたが、音声や画像はすっかり魅力を失って、むしろ自分自身ですらつまらないと感じていました。

 T&Fの講義もあと2回となった12月のある日、20代の時にボイストレーニングを勧めてくれたあの音楽教師の訃報が届きました。職場の休みをとって通夜の会場に向かいました。すると、故人の親友が後ろから私の肩をたたき、 次のように話しました。「通夜の弔文を読む予定の友人が東京から来れなくなった。弔文がFAXで送られて来たんだが、あんた、代読してくれないか。」

 T&Fで、すでに20回の指導を受けてあるとは言っても、滑舌この上なく悪いことは自分が一番よく知っています。でも、断れません。故人の通夜の大事な「お別れのことば」。供養だと思って、引き受けました。T&Fの講師の先生やスタッフの方、受講生のみなさんに背中を押されて、引き受けたのかもしれません。

 通夜は終わりました。散会した後、ロビーで、参列していた演劇連盟の重鎮に声をかけられました。「よかった。間がよかった。15分前に原稿をもらってあれだけ読めるとは。」と持ち上げられました。もちろん、それしかほめるところはなかったのでしょう。でも、少し安心しました。というより、満足感すら覚えました。そういう感情は、通夜の席には不似合いな感情なのでしょうが、そう感じていた私がいたことも事実です。T&Fのおかげです。

 25年以上も前に、私に声のトレーニングの必要を指摘してくださった先生の通夜式で「お別れのことば」を、今T&Fで受講中の私が読むという縁(えにし)に出会わせていただきました。

2015年 2月 11日

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